テレクラで女子高生と気軽にセックス出来た時代があった!その理由は条例と法規制

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テレクラが絶頂の時代は女子高生と平気でセックス出来た!

今回は80年代から90年代前半のテレクラ店舗について少し語りたい。

 

この時代のテレクラは、テレクラにとって超バブル期であり絶頂のピークを迎えていた時期である。そもそも2015年現在テレクラが何故壊滅状態になってしまったかと言えば、それはテレクラ規制条例の施行である。

 

テレクラ全盛の時代とは

 

まあ、携帯電話がスマホがこれだけ普及した今、新規のテレクラをオープン出来たとしても全盛期ほどの盛り上がりを見せるのは不可能だと思うが、上記のような規制が無ければ恐らくまだ各主要な駅にはテレクラがあっても客付きはそこそこあるだろうと感じる。

 

テレクラ全盛の時代。2015年現在40代から50代の方は青春真っ只中の時代だった。

 

テレクラがあれ程の盛り上がりを見せたのは間違い無く女子高生や未成年少女の利用があったからだと思う。そんな馬鹿な!と思った人は恐らく20代か30代前半の人だろう(笑)

 

しかし、当時のテレクラは本当に10代の女の子からのコールで溢れていた。何故なら、少なくともテレクラが建ち始めた80年代後半から95年辺りまではテレクラは未成年少女も利用可能だったからだ(汗)嘘だろ!と思う方もいるかもしれないがこれは事実なのである。

 

何故なら、当時は未成年者のテレクラ利用を取り締まる条例や法律が無かったからである。

 

もちろん、当時も未成年者との淫行は犯罪行為であった。しかし、テレクラを利用するのは問題無し。この状況で女子高生や未成年少女がテレクラを利用するな!と言う方が無理な話なのである。

 

テレクラが盛り上がった当時は、携帯電話なんて物が存在しなかった状況だ。電話を掛けるなら家の固定電話か電話ボックス(公衆電話)だけだったのだ。今思うとどう生活出来ていたのか不思議だが、当時はこれが当たり前だったのだ。

 

こんな時期にテレクラなんてサービスが登場したら、思春期でセックスに関する興味が爆発している未成年の女の子が食い付かない訳がない。案の定、テレクラには一般の成人女性に混じって、多くの未成年コールが鳴り止まない状況が続いた。

 

当時、テレクラを利用する男達にとって女子高生からのコールはテレ特以上のお宝コールだった。

 

中には処女を捨てたくてテレクラに電話して来たなんて未成年少女もいたからな。

 

「赤信号皆で渡れば怖くない」では無いが、当時のテレクラマニア達はそんな精神状態で女子高生とのセックスを楽しんでいた。これは2ちゃんのテレクラの思い出などが書かれている過去ログを見ればディープな世界が手に取るように分かるだろう。

 

まあ、そんな無法地帯を日本の警察がほっとく訳が無い。96年の1月に岐阜県で初の「テレクラ規制条例」が発動する。この条例は瞬く間に全国レベルで施行されて行った。

 

このテレクラ規制条例は主に

1、広告・宣伝の規制
2、営業の届出制
3、利用カード(ツーショットカード)の販売規制
4、営業所(テレクラ店舗)設置禁止区域の設定
5、青少年の入店及び雇用の禁止

これだけの規制が設定された。

 

ハッキリ言って、この条例は4の設置禁止区域の設定で殆どのテレクラが壊滅状態になるレベルの条例だった。これは風営法に近いものがあり、学校や児童福祉施設、神社や病院、駅や教育機関の半径200メートル以内にはテレクラの運営を禁止すると言うものだ。

 

テレクラなんてのは駅から近いから気軽に遊ぶ人が多い。この条例が施行されると瞬く間に個人経営レベルや明らかな禁止地区にあったテレクラは撤退を余儀なくされた。そして未成年少女のテレクラ利用も一気に激減し、社会現象を巻き起こすレベルで盛り上がったテレクラは一気に崩壊へ向かったのだ。

 

まあ、今考えてみると女子高生と電話でいきなり会話してセックスするなんて、とんでもない時代だったと思う。また、その後に登場する出会い系サイトや出会いカフェなども結局はテレクラと同じような事をして規制されて行った。

 

時代は繰り返すのだろう。電話やネットに関わらず出会いを求めるのは人間の欲にも近い。時代の変化や新しいテクノロジーが発明されれば必ず男と女を結びつける出会いサービスが必ず登場するのだ。

 


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